この記事の目次
イップスになる人は意外に多い
今シーズンのプロ野球、巨人の阿部選手が通算2000本安打を達成しました。
その前は中日の荒木選手も通算2000本安打を達成しています。
両者とも過去にイップスに苦しんでいた時期があります。
プロ野球選手でもイップスにかかる人は結構いますよね。
実際、イップスになった人が全員告白している訳ではありませんので、過去にイップスになったことを伏せている選手や、現在イップスと戦っている選手もいると思われます。
投手や捕手の場合、ポジションの特性上ばれ易いですが、内野手は気付かれない場合もあるかと思います。
ただ普段のプレーを見続けている人なら、大体分かると思いますが。
私自身も高校球児時代にイップスを体験しましたが、当時は『イップス』など知らなかったので、自分自身に何が起こったのか分かりませんでした。
当時の経緯は、過去の記事(イップス発症編、イップス苦悩編、イップス解消編)に書いています。
今回は、イップスを経験した立場から
・イップスに苦しんでいる選手の心境
・イップスに苦しんでいる選手をさらに苦しめることは何か
・イップスを克服するために選手がやるべきこと
・イップスを改善するために監督・コーチがやるべきこと
をまとめました。
イップスに苦しんでいる選手の心境
一般的に『真面目、責任感が強い、やさしい性格』といった人が、イップスにかかりやすいと言われています。
自分で言うのも何ですが、私は大体当てはまっています。
私がイップスにかかったのは高校2年の夏。捕手としてレギュラーだった私は、雨の日の練習試合で、投手への返球がワンバウンドになったことが発端でした。
それ以降、完璧な返球を目指し、投手へピンポイントで狙った場所に返球しようとしました。
ピンポイントで狙っていると、ボール一個分、二個分外れただけで『失敗した』と感じたのです。
そうやって、自分の技量に合わない目標を『出来て当然のこと』と錯覚し、本来失敗とは言えないことを気にするようになりました。
そうすると、気付かないうちに自信がなくなり、自分でも信じられない暴投を投げることになりました。
これが私のイップスのはじまりです。
このとき、私とチームの状況以下のような感じでした。
< 私 >
捕手、打順は4番、副キャプテン。
< チーム >
夏の大会ベスト8。我々の成長によっては甲子園も夢ではない。
同時期に、それまで無かった後援会が発足し、選手へのバックアップ体制も整いました。
選手も手応えを感じていましたし、周囲の期待も日に日に高くなっていきました。
私の責任も重くなっているのは感じていましたし、結果を残して当然である立場であると同時に、チームを引っ張る存在でなくてはいけません。
そのような立場なのに、投手への返球が暴投になったり、ボール回しのスローイングがそれたりしてはチームが締まりませんね。
そういった隙を見せるようなプレーは、三振するより辛かったですし、惨めな気持ちになりましたね。
しかし、結果的にそういった『責任感』が自分を追い詰めていったと思います。
『強いチームの選手はこうあるべき』と強く思いすぎていたと思います。
イップスにかかっているときの心境は今でもよく覚えています。
当時はイップスを知らなかったこともありますが、こんな惨めな状態を相談するのは『恥じ』だと思っていましたし、自分で解決しようともがきましたが、どうにもならない状態を呪い、野球そのものが嫌いになっていきました。
イップスに苦しんでいる選手をさらに苦しめることは何か
私の場合、試合で神経を尖らせていたことは、投手への返球とボール回しのスローイングです。
なぜなら、これらは試合の中で必ず起こることであり、イメージ(ネガティブな)し易いんですよね。
例えば、盗塁のときのスローイング、バント処理のスローイングなどは、回数そのものが少ないですし、状況も様々です。
だから、過剰に意識することは無かったです。
それに対し、投手への返球やボール回しのスローイングは『ちゃんと投げて当たり前と思われる』と思ってしまうのです。
だから失敗できないプレッシャーを自分にかけやすいんですよ。
そんな中、私が一番苦痛に感じていたことは、試合後のミーティングでした。
実は監督からはスローイングについて、あまり文句を言われなかったんです。
監督は社会人野球まで経験し、投手でバリバリに活躍していたほどの人なのですが、私が今まで普通に出来ていたことが、急に出来なくなった事実を見て、私の異変を認識していたと思います。
でも、私に何が起こって、どう解決すればよいのか分からなかった。
だから、厳しく咎めることをしなかったんだと思っています。
それに対し、あまり野球に詳しくない顧問の先生は、試合後のミーティングで私のスローイングを指摘するんです。
試合中のプレーなど技術的な指摘は出来ないので、素人でも目に付きやすい、私の投手へ返球に目をつけるんです。
イップスにかかってから、私は投手への返球を山なりで投げるようになっていました。
これを指摘し、『強いチームのキャッチャーはあんな球は投げないぞ』と言うんです。
顧問の先生にとっては山なりの返球=怠慢プレーに映っていたようです。
速い返球をした方が良いことくらい、私にも分かっています。
でも、投げられないのです。
正確に言うと、投げるのが怖い。
だから、それをみんなの前で指摘して欲しくない気持ちで一杯でした。
それと同時に、
と思われているのが、一番辛かったです。
イップスを克服するために選手がやるべきこと
結論を先に書くと、以下がイップスを克服するために必要なことだと考えています。
イップスにかかった選手は、『投げられないなんて恥だ』と思いがちです。
だから、イップスを認めたくないし、周囲に打ち明けたくないものです。
一方で自分の症状、苦悩を理解してもらえない辛さもあります。
その狭間にいる状態がイップスからの改善を蝕んでいると思います。
私はイップスになってから、自発的にスローイングの練習をはじめました。
私の高校のグランドは、ファールゾーンにブルペンがあるのですが、そこで、セカンドの距離にネットを置き、ひたすらボールを投げる練習をしたのです。
この練習は、引退するまで続けました。ひたすらボールを投げ続けました。
この練習の意味は色々あります。当時の私が考えていたことは、
です。
当時は原因が分かりませんでしたが、かといって何もせず前に進める訳じゃありません。
だったらボールをひたすら投げるしかないだろうと考えたわけです。
上記が、表面上の理由でしたが、心の奥底には別の意味もありました。
言葉で相談は出来ないので、行動で訴えようとした訳です。
今、改めて振り返ると『不器用』だったと思います。
でも、何か行動を起こさないことには前に進めないと考えたんでしょうね。
周囲にイップスを打ち明けることは非常に勇気がいります。
なぜなら、周囲はそれを『技術不足を棚に上げた甘え』と捉える恐れがあるからなんです。
だから、周囲も理解することが大切ですし、信頼関係が必要だと思いますね。
もう一点、イップスを克服するために、おススメしたいことがあります。
私自身がそうだったのですが、イップスのときは投げるときの指先が気になっていました。
投げる瞬間、指先が硬直してボールにスピンをかけて投げられない感覚が強いのです。
大学に入って、自分が出た試合のビデオを見たときに、自分の思っていたイメージとは違っていたんです。
腕や指先が硬直している感覚はあったのですが、実際は体全体が硬直している感じだったのです。
言い換えると、腕や指先に気が向き過ぎていて、体のしなやかさや捻りなどが全く無いんですよね。
当然、腕も振れていませんでした。
私は、指先ばかり気にし、ボールにスピンを与える正しい感覚を掴むことがイップスを治す条件だと思っていました。
でも実際は、投げる前の前段階である『体の捻じれを作る』ことから見直す必要に気付きました。
イップスが治ってからも、たまに投手への返球を山なりで投げることもあるのですが、イップスのときと比べると全然違います。
ビデオを見て比較するとよく分かりました。
< イップスのとき >
とにかく腕が振れない。早く投げようと、体の捻じれが無い。
< イップスでないとき >
腕が振れている。しっかりと体の捻じれが作れている。
イップスになってしまっても、その症状が出るときと、出ないときがあります。
それぞれをビデオ撮影して比較すれば、目に見える形で違いが出ると思います。
そのから、注意すべき点、改善できる点が見つかるかもしれません。
イップスを改善するために監督・コーチがやるべきこと
チームの選手がイップスになったことを認識したり、選手からイップスを打ち明けられたら、監督やコーチは何をすべきでしょうか?
① イップスにかかった選手と同等の選手が同じポジションにいる場合
一旦、イップスである選手をレギュラーから外すべきだと思います。
イップスになってしまった選手は自信を失っている状態です。
自分を信じられない状態ですから、相手と戦う状態ではないのです。
そしてライバルと戦う状態でもありません。
そしてミスに対して、非常に恐怖を感じていますので、その負担を減らすべきだと思います。
チーム編成にもよると思いますが、ポジションを変更(コンバート)も有効です。
練習ではイップスを克服するため、フォームのチェックや修正するための練習をさせ、メンタル的な原因がどこにあるのか考えてあげる必要もあります。
②イップスにかかった選手が不動のレギュラーであり、スタメンを外せない選手の場合
私のケースはこれにあたりますし、イップスにかかる選手はこの場合の方が多いと思います。
イップスを受け入れた上で『お前がイップスでも、このチームに必要な選手だ』と、該当選手、およびチームメイトに周知する方が良いと思います。
例えば、私のように捕手がイップスにかかり、投手への返球や、ボール回しに難がある場合。
ショート・セカンドは投手への返球がそれるかもしれないから、カバーを徹底するように。
ボール回しは、スローイングの練習だと思って、思いっきり腕を振って投げろ。ランナーがいないんだから、いくら暴投になっても構わないだろ?
こんな感じで、チームとしてイップスにかかった選手をフォローしてあげるのです。
重要なのは、『イップスを差し引いてもチームに必要な選手』だと思わせることです。
間違ってもイップスに焦点をあてて罵倒し、這い上がってくることを望まないでください。
そのようなやり方は、選手がやる気に満ちているときは有効かもしれませんが、自信のない状態の選手には効果がないばかりか、ますます症状は酷くなります。
まとめ
イップスと言っても原因は人それぞれあるでしょうから、これをやれば克服できる!と断定することは出来ません。
技術的な要素と、メンタルが絡み合うケースも多いですし。
正直、選手からイップスを告白することは、非常に勇気がいることですし、言い出せる人は少ないと思います。
理由は簡単で、そういったことを監督やコーチに受け入れられるか分からないからです。
・単なる『甘え』と捉えられるかもしれない・・・
・『じゃあ、明日からレギュラーを外すから』とあしらわれそう・・・
選手は不安なんです。
だからこそ、イップスに対して、選手よりも監督・コーチを含めた周囲が正しい認識を持つべきなんです。
中には『そんな気持ちで戦えるか!気持ちの問題だ!』と思う指導者もいるかもいません。
でも、そんな浅い問題ではありません。
先程も書きましたが、選手はイップスにかかっても認めたくない気持ちもありますし、周囲に打ち明けるのも抵抗があるものです。
だからこそ、周囲がいち早く察知し、手を打つべきなんです。
技術的な向上を求めるために『何事も100%を目指す姿勢』は大切です。
その反面『このくらいのミスはしょうがないな』と妥協することも大切です。
この微妙な落とし所というか、バランスが崩れることがイップスの根幹にあるような気がします。
『絶対に失敗できない』と意識した瞬間から、失敗に対し怖さを感じるようになるのです。
その『絶対に失敗できない』と感じるのは、チームの主力であったり、チームを引っ張る存在であればあるほど大きくなります。
その重荷をとり、諭すことも指導者の役割だと思いますよ。
私がイップス経験者ということもありますが、出来るだけイップスに苦しむ選手を助けて欲しいと思うのは、イップスに苦しみ続ける選手は、いずれ野球が嫌いになるからです。
野球に携わった人間として『イップスにより野球が嫌いになる』ことは、悲しいことだと思います。
最後に、チームメイトは当然のこと、観客の立場で、イップスの人が投げる暴投を見て笑ったりすることは止めて下さい。
ヤジなんてもってのほかです。
イップスにかかった選手は、真剣に野球に取り組んでいるが故に陥っているのです。
決して、気が緩んでいるわけでもないし、怠慢プレーをしている訳ではありません。
そして、野球が嫌いになるほど悩んでいるのです。
それでも、笑えますか?
真剣に取り組んでいる選手や、苦しんでいる選手を見て笑う人間など、スポーツをやる資格も見る資格もありません。