私にとって子供の教育とは

教育
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どんな子供に育てたいか

各家庭によって子供の教育方針は様々だと思います。そして、こんな風に育って欲しいという願いも様々だと思います。

 

私は子供に、

自分で課題を見つけることが出来き、社会に貢献する人間

に、なって欲しいと思っています。

 

社会に貢献する人間』は、大げさなイメージでなく、どのような環境、仕事でも必要なことだと思っています。何も貢献出来ないと、自分の存在価値が低くなり、自分にも自信がもてないでしょうから。

 

自分で課題を見つける』って、簡単そうで結構難しいと思いませんか?

 

誰でも、与えられた課題はクリアしようと頑張ります(頑張り具合は人それぞれでしょうが)。でも、課題は何かを提案できる人って、結構少ないですよね?

普段から、現状に甘えることなく向上心を持ち、常に問題意識を持たなくてはいけませんから。

何事でも、自分で課題を見つけられる人は、結果的に社会に貢献できる人間になると思います。

 

教育について考えることになったきっかけ

今の私の立場は『主夫』です。

プロフィールにも書きましたが、それ以前はエンジニアでした。

妻も畑違いですが、専門職で共働きでした。

育児的な問題もありましたが、『教育』を考えたときに、この状況では、子供に接する時間も限られますので、出来るだけ寄り添って育てたいと思いました。

そして私は退職することを決めました。退職を決意した理由は色々ありますが、そのうちのひとつに『教育は難しい』と感じさせるきっかけがあったのです。

 

退職する2年~3年前から、後輩の指導役だったのですが、色々考えさせられました。

私自身、人にものを教えることは嫌いでは無かったので、指導役としての負担は感じませんでしたが、ずいぶん悩んだ記憶があります。

私は3人の後輩を指導していましたが、3人とも性格は違えど、真面目な性格は共通していました。決して、やる気が無いわけじゃないんです。でも、トラブルメーカーになることが多かったんです。

もちろん、エンジニアとしての能力が低いという面もありましたが、根本的な原因はそこではないと感じました。

 

3人に共通していたのは『相手の立場に立った行動が出来ない』ことでした。

 

今、取り組んでいる仕事の目的や、相手の要求の目的を理解していない。理解しようとしていないのです。

だから、適切な行動がとれないことが多く、誤解を生んだり、自分の意見が他人に通じていないことが多かったんです。

『エンジニア』と言うと、設計作業や図面作成、実験などやっているイメージで、他の業種に比べれば、コミュニケーションの必要性は低いと思いませんか?

 

結構、必要とされるんです

 

ひとつの商品を世に出すためには、様々な人たちと係わり合いを持ちます。

マーケティングや企画の担当、デザイン担当、設計担当、営業担当、品質チェック担当、部材を調達する担当、外注や部材を購入する商社など、様々な人たちがチームを組んでいるようなものです。

 

このチームのコミュニケーションが不足すると、色々不具合が出てきます。

 

知識や技術は、経験を重ねれば、誰でもある程度は増えるものです。

しかし、他人の立場に立って物事を考えることは、年齢や経験に関係なく、出来る人は出来るし、出来ない人は出来ないような気がします。

ベテランの方でも信頼されていない人はいますしね。

私は指導の中で、言葉で重要性も説きましたが、出来るだけ成功体験と失敗体験を経験させ、その過程を振り返ることをやっていました。

それが、成長するためには一番近道だと感じましたので。

でも、どうしても時間がかかるんです。そして同時に我慢も必要です。

私なりに、『今、悪い方向に流れているなぁ』と思っても、出来るだけ我慢する。

このタイミングを逸すると手遅れになる、という前にフォローするような感じです。

 

子供の教育も同じように考えています。

 

色々なことを体験させ、成功や失敗を重ねる。

その過程を見直し、良いことは繰り返せば良いし、ダメなことは直せばよい。

 

これをやるには時間がかかるし我慢も必要ですが、エンジニア時代は、そのような時間を確保することは無理でした。

私は通勤距離が長いこともあって、朝6時半には自宅を出て、帰りは日付が変わることが多かったです。

平日は子供と触れ合えない日が大半。子供を見るのは寝顔だけみたいな。

私がいつか寿命を迎えるとき、『自分は子供に何をしてやれたのか?』と感じるような気がして、怖くなりました。

ですので、私は子供に寄り添いながら、育児・教育をやる決意をしたのです。