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イ・ビョンギュ(李炳圭)の日本での成績
イ・ビョンギュ(李炳圭)は2007年~2009年まで中日ドラゴンズに在籍した選手です。
2006年まで在籍したアレックス・オチョアがオフに退団し、入れ替わるようにイ・ビョンギュが入団します。
『韓国のイチロー』と言われており、アレックス以上の活躍を期待されていました。
日本での主な成績は以下の通りです。
2007年 中日ドラゴンズ
.262、9本、46打点、OPS.665
2008年 中日ドラゴンズ
.293、16本、65打点、OPS.709
2009年 中日ドラゴンズ
.218、3本、8打点、OPS.592
助っ人外国人選手としては、物足りない数字ですね・・・
イ・ビョンギュの思い出
打てない・・・
来日一年目の2007年、開幕戦から9試合連続安打をマークします。
しかし、芯を食った強烈なヒットが少なく、ポテンヒットばかり。落ちる球には、クルクルとバットが回ってしまいます。
案の定、打率は下がり、アレックス以上の活躍どころじゃありませんでした。当時の落合監督は頑なにイ・ビョンギュをスタメン起用し続け、不満を募らせたドラゴンズファンも多かった思います。
守れない・・・
入団前は走攻守揃った選手という評判でしたが、シーズンに入ると、守備で足を引っ張るシーンが目につきました。
アレックスと比較してどうこうと言ったレベルではありません。
2007年のシーズン前、中日スポーツに『イ・ビョンギュ、強肩を披露!』みたいな記事を読んだ記憶があるのですが、ガセ情報だったようです(汗)
↓ こんなプレーとか
↓ こんなプレーとか
当時の中日は圧倒的な投手力を前面に『守りきる野球』で勝つパターンでしたので、守備でのミスは、バッティングで打てない以上にイライラさせられたものです。
応援歌がカッコいい!
イ・ビョンギュの応援歌ははっきり言ってカッコいいです。当時、『勿体無い!』とファンから言われていたことを思い出します。
まぁ、プレーとは関係ありませんがね。
↓ イ・ビョンギュ 応援歌
バット投げもカッコいい!
李炳圭が、ホームランを確信した打球を打った際に見せる『バット投げ』ですが、これまたカッコいいんですよね~
できれば、何十回と見てみたかった・・・
↓ イ・ビョンギュ バット投げ
印象に残る活躍
シーズン成績はパッとした成績を残せなかったイ・ビョンギュでしたが、随所に目立った活躍をしています。
藤川からサヨナラ弾
2008年5月4日の阪神戦(ナゴヤドーム)で藤川からサヨナラホームランを放ちました。
当時、藤川は阪神の絶対的クローザー。
2-2の同点で迎えた延長10裏二死ランナー無しから、イ・ビョンギュがレフトへ流し打った打球は、最前列に吸い込まれていきました。
まさかの結末に驚いたファンも多かったのではないでしょうか?
↓ 2008年5月4日 イ・ビョンギュのサヨナラホームラン
巨人を圧倒した満塁弾
2007年9月4日の巨人戦(ナゴヤドーム)で放った満塁ホームラン。
当時、優勝を争うライバル球団と言えば巨人と阪神。そのライバル球団の巨人との試合で見せたイ・ビョンギュの満塁ホームランは、ファンとして気持ち良かったです。
特に、怒涛の攻撃の仕上げであり、珍しく巨人を打力で圧倒した試合でした。
中日1点リードの5回裏1死満塁から、以下の猛攻でした。
4番 ウッズ → レフトへ2点タイムリー
5番 森野 → ライト前ヒット
6番 イ・ビョンギュ → ライトスタンドへ満塁ホームラン
↓2007年9月4日 イ・ビョンギュの満塁弾
CSで気迫の三塁打
2007年のレギュラーシーズンはパッとした成績が残せなかったイ・ビョンギュ。しかし、クライマックスシリーズ(CS)に入ると人が変わったように打ち出します。
特に印象に残っているのが、2007年10月19日、巨人とのCS第2ステージの第二戦で巨人・西村から放った、2点タイムリー三塁打です。
貴重な追加点となる場面だったこともありますが、三塁打を放ったイ・ビョンギュが中日ベンチに向かってガッツポーズをしたことに驚きました。
助っ人外国人選手としては物足りない成績でしたが、中日ドラゴンズの一員として真剣に戦っている姿は、ドラゴンズファンなら胸が熱くなった瞬間ではないでしょうか。
↓ 2007年CSで打った三塁打(1:29あたり)
ハズレ外人だが・・・
冒頭にも書きましたが、イ・ビョンギュは助っ人外国人選手として期待はずれの成績に終っています。
しかも、在籍した2007年~2008年の3年間、ドラゴンズはリーグ優勝を逃しています。2006年、2010年とドラゴンズはリーグ優勝していますので、皮肉な結果ですね。
落ちる球にクルクル回り、守備も不安定・・・しかし、たまに見せるホームランの放物線は
何かをきっかけに覚醒しないかぁ?
と思わせるものがありました。
当時のドラゴンズは完成度が高かったため、イ・ビョンギュは悪い意味で目立つ存在でしたが、何か憎めないと言うか、不思議な存在の選手だったのです。