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他部門と関われば、対立することもある
私の前職は電気系のエンジニアでした。家電メーカーに勤める、いわゆる回路屋。主な業務は、家電製品が仕様通りに動作する回路を設計することです。
家電メーカーにとって開発・設計部門は重要な役割を担っており、営業・企画・品質管理・資材調達・アフターサービス・製造など、多くの他部門と関わります。
立場が違う他部門と関わるからには、どうしても対立する場面があるものです。
今回の記事では、その一例としてデザイナーとエンジニアの対立構造についてお話します。
家電製品におけるデザイナーとエンジニア
ここで家電メーカーにおけるデザイナーとエンジニアの役割について説明します。
デザイナーの役割
ここでいうデザイナーとは、プロダクトデザイナーのことです。
主な業務は家電製品をデザインすること。その他、パッケージや取扱説明書のイラストを手がけることもあります。
商品開発の流れを川に例えると、デザイナーは上流に位置します。会社によって違いがありますが、企画部門に属す場合もありますし。
実際、企画段階においてデザインは必須です。
商品企画ではユーザーのターゲット層を明確にするとともに、他社競合商品との差別化を図りますが、そのコンセプトがデザインに反映されていないと、会社として商品化決定できないからです。
エンジニアの役割
家電メーカーにおけるエンジニアは以下のように大別できます。
< 担当マネージャー >
商品を発売するために、製品の品質・コスト・納期を一括管理することが主な業務。
< 機構設計 >
製品仕様を満たすように、製品の形や部品の厚さ・重量、製品内部の構造などを設計することが主な業務。
< 回路設計 >
製品が仕様通り動作するように、回路を設計することが主な業務。マイコンを使用する場合はプログラムを組む必要があり、それをソフト設計と言う。それに対し回路を設計することをハード設計と言う。
いずれも共通する業務として製品の評価試験があり、それは各エンジニアが分担して行います。
商品開発の流れを川に例えると、エンジニアは中流~下流に位置し、順序としては『担当マネージャー ⇒ 機構設計 ⇒ 回路設計』になります。
担当マネージャーが製品の品質・コスト・納期を一括管理し、機構設計により製品の形状や内部構造が決まります。その結果、インターフェース(操作部分)の仕様や基板のサイズや決定され、具体的な回路設計・電子部品の選定が可能になります。
デザイナーとエンジニアの対立
商品開発の流れにおいて、順序が早いデザイナーはデザインの自由度が高く、順序が遅いエンジニアは設計の自由度が低くなるという特徴があります。
エンジニアはデザインによって設計上の制約を受けることになりますので、デザイナーに対し不満がでることがあります。
逆にどうしても品質やコストの関係で、エンジニアがデザイン見直しを提案すると、デザイナーが不満に感じることもあります。
デザイナーからすると表現の自由が奪われることになりますし、終ったと思った仕事をまたやらなくてはいけませんからね。
ユーザビリティを低下させるデザインは嫌い
私がエンジニア時代、開発する製品に対するデザインの良し悪しについて、特に気にしていませんでした。そもそもデザインの好き嫌いなんて十人十色ですしね。
その一方、ユーザビリティを低下させるデザインは大嫌いでした。それは今でも変わりません。
厳密に言えば、ユーザビリティ低下の原因がデザインにある商品が嫌い、ということです。
ユーザビリティ低下の原因がデザインだった例
私がエンジニア時代に体験した『ユーザビリティ低下の原因がデザイン』だった例をご紹介します。
実際の商品を書くと、色々な方面に迷惑をかける可能性がありますので、ここでは空気清浄機とします(実際は空気清浄機ではありません)。
価格帯が高めの空気清浄機
商品化する空気清浄機は、価格帯を高くした上位機種的な扱いでした。スペックもちょっと複雑化して効果を高めようと。
会社からすると、チャレンジした商品だったといえます。そんなコンセプトでしたので、デザインも斬新なものが求められていました。
そんな経緯で出来上がったデザインのテーマは『シンプルかつクール』といった感じで、一見するとどんな商品か分からないような外見だったんですね。
それはそれでかまいません。それに私自身、デザインに対し口を挟むタイプじゃなかったので。
しかし私が不満に思ったことは、シンプルさを追求するあまり、インターフェースを隠すデザインを採用したことです。
製品にフラットな印象を持たせるため、電源スイッチや、動作モードを変更するスイッチなど、ユーザーが操作する部分を隠すデザインだったのです。。当然、操作部だけを隠してもフラットな印象になりませんから、一面を隠す開閉する蓋が必要になりました。
この一面を隠す蓋が色々なデメリットをもたらします。
ユーザビリティが低下
インターフェースを隠せば、当然ユーザビリティは大きく低下します。
電源を入れるときや操作モードを変更するたびに、蓋を開けたり閉めたりしなくてはいけませんからね。
ここでは事情により空気清浄機として説明していますが、実際は空気清浄機より操作頻度が多い商品でしたから、ユーザビリティの低下は商品価値を下げるものでした。
コストアップ
一面を隠す蓋や、蓋を開け閉めする構造はそのままコストアップになります。さらに蓋をすることでインジケータ(動作状態を示すランプ)が見えなくなり、この対応に苦慮することになります。
ユーザビリティの観点から、蓋をした状態でインジケータが見えないのは完全にアウト。ですので、インジケータに使っていたLEDを、通常の明るさから超高輝度LEDに変更しコストアップ。
しかし、LEDを超高輝度タイプに変更しただけでは透過しませんでしたので、蓋の厚みを減らし肉薄に。単純に肉薄にしただけでは強度に問題があったため、蓋の材質を変更。これもコストアップ。
結局、様々な箇所がコストアップすることになったわけです。
結果は売れず・・・
そんなこんなで何とか商品を発売したのですが、残念ながらヒットはしませんでした。グッドデザイン賞はもらいましたが(笑)
ヒットしなかったことはしょうがありませんし、デザインのせいだけでもない。我々エンジニアも知恵や努力が足りなかったのも事実です。
でも、グッドデザイン賞に選ばれて喜んでいるデザイナーを見ると、プロとは思えないんですよね。
『設計が楽になるようなデザインにしろ』なんて言うつもりはありませんし、そんなことを言ったらエンジニアのエゴに他ならない。
その一方で、ユーザビリティが低く、コストが高くなり、設計が難しいデザインもまたデザイナーのエゴ。
これらのエゴがぶつかれば対立して当然ですし、片方のエゴが強すぎるともう一方は不満が出てしまいます。
商品を生み出すためにエンジニアが苦労することはよくあることですが、それがデザインのためだけであれば納得できないですし、さらにユーザビリティも低下していれば尚更です。
これがデザインを全面的に売り出す商品であれば分かるんですが、この商品は違いましたから。
結局、企画コンセプトが甘く、デザイナーが勝手にデザインを前面に売り出したことから、この商品の行く末は決まっていたのかもしれません。
最後に
競合する商品と差別化を図るためにデザインは非常に重要です。最初から『デザイン勝負』という商品も多くありますからね。
同じスペックの商品をデザインを変えて売り出したら、売れるようになったりすることもありますし、デザインの良し悪しはそれだけ影響力があるんです。
特殊な性能を有している商品なら話は別ですが、それには高い技術力が求められますし、簡単なことではありません。
でも、デザインを優先してユーザビリティを犠牲にする考えは嫌いです。
ユーザビリティを向上させつつ、自分の主張したいデザインを考えるのが、プロのプロダクトデザイナーなはずです。
それはエンジニアも同じで、品質・コスト・納期を守るのは当然のこと、さらにユーザビリティを向上させる工夫が要求されます。
実際の現場では、直接的にデザイナーとエンジニアがぶつかるケースはそう多くありません。でも、ぶつぶつ陰で文句を言う人は多い。
ヒット商品を作るという目的は同じなんですが、立場が違えば考え方や主義主張が変わるのは、どんな仕事でも同じかもしれませんね。
評価試験とは、製品の安全性や信頼性を評価することです。
【評価試験の例】
・カタログスペックを満たす性能が出ているか?
・ボタンを押したときの耐久回数が製品寿命に対し十分か?
・危険な使い方をしたときに、発火や発煙をしないか?
・特定条件で誤動作しないか?
・電気用品安全法(電安法)を満たしているか?